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8.5 金次第で帰れるなら元の世界に帰りたい

「それではサインも頂きましたので、どうぞ。下までお送りしますので」

 シュリさんはドアを開けて僕らを促した。

 拇印で署名して、ドアの修理費をハンドモニターから支払手続きを行った。これで僕らは用なしだ。あとは帰るだけ。

「明日、またどうぞ。確約できませんが、公務の合間に時間ができれば長老代理もお会いになるかと」

 シュリさんは実直そうでお硬い雰囲気だ。改めて見ると美人だな。金髪のロングを後ろで結わえている。制服は他の兵士たちと少し違って事務員っぽい。地味な灰色の上下に帽子という特徴の薄い出で立ちは公務に徹するという意思の表れのようでもあった。

「なんです? これ以上、なにか?」

「いえ、はい、しみましぇん…」


「しかし解せんな」

 背後で声がする。

 ジェマ先生が立ち上がってドアに向かった。これ以上、何なんですかね?


「私が書類を持ってくる度に必要書類が増えていくようだが、非効率だと思わんかね?」

「そのことですか…。立法にはいろいろな方のサインが必要ですから。仕方ありませんよ。必要な手続きです」


 そう言えばジェマ先生も“何とか”の手続きで長老を訪ねたんだっけ。


「後から必要書類を増やすなと言っているんだ。あからさまに長老がサインを拒んでいるとしか思えん」

「上の判断ですから、私に言われましてもね」

 シュリさんはあくまで事務に徹する。


「君のところの『侵攻計画』には私の拇印も必要なのだろう? 私の立法書類には判を捺さないくせに、虫がいいのではないか?」


 ぴくんとシュリさんの眉が動いた。

「取引というわけですか?」

 何だか普通に帰ることができない感じだな。僕に関係ない話は関係ないところでやって欲しいものだ。


「別次元の話だ。シンプルに考えたまえ。民衆にとって必要な法にサインしろと言っているだけだ。民衆にとって不要な法に私はサインする気がない」

「そうですかね。あなたの書類が無理のある内容だったのではありませんか? 上がそう判断しているのなら私には何とも言えませんが」

「ボコボコに空いた穴だらけの計画書に私がサインすると思うかね? 上とやらに伝えておくんだな。ここで話していても無駄のようだからもう帰るがね」


 ジェマ先生はそのまま出ていく。

 僕らも慌てて後に続いた。


「特別措置を使えば、あなたのサインも要らないと私は伺っていますけどね」

「そんなことを議会が通すわけないだろう? 君の上は相変わらずめでたい頭のやつらしかいないのかね」

 先頭を歩くジェマ先生の言葉には遠慮がない。何だか見えない火花が散っているような気がした。何を話しているのかまったく解らないね。レオンも同じ顔をしている。


「先生、そこの角を右に曲がってください。勝手に進まれると迷子になりますよ」

「通った道くらい覚えている。君こそこんなところで油を売っていていいのか。さっさと戻ったほうが良いのではないか」

「お構いなく」


 砦の中は確かに迷路になっていた。僕とレオンはどうやってここに辿り着いたのか、既に忘れている。“蟻塚のような”という表現はあながち間違いじゃないようだ。複雑に張り巡らされた蜘蛛の巣のような通路である。

 パイプ状の連絡路が塔と塔を結び、内部は同じようなデザインのドアや壁が続いていた。侵入者を防ぐためなのだろう。ジェマ先生はよく迷わないでいられるよ。僕なんか一生出られない気がしている。

 ジェマ先生とシュリさんは果のない言い合いをしながら通路を進んでいった。


「ねぇ、君の長期滞在の手続きはどうなったの?」

「あぁそっか、でもいいや。また明日来るんだし」

「ふーん。また来なきゃいけないのか…」

 レオンは横で面倒だなといった様子で歩いた。


 前方では果てない言い合いが続いていた。

「そんなに言うのでしたら私はここまでで案内を終わらせていただきますが?」

「構わんよ。もう迷うような道もないだろう」

「では失礼します!」

 シュリさんは怒って通路を引き返していった。何だろう? 途中から聞いてなかったけど、業を煮やしたシュリさんが耐えきれなくなって離脱していった。


「先生いいんですか?」

 レオンが心配して声をかける。

「この階段を降りれば出口だ。造作もない」

「もう入り口に近かったのか。気づかなかった」

 僕は振り返って去っていくシュリさんの後ろ姿を見た。どうやら本当に案内はここで終わりのようだ。僕たちはそのまま階段を降りる。


 1階は広めのロビーで案内板がたくさんある。小さなイスがたくさん並んでいて受付と喫煙所が見えた。僕、こんなところから入ってきたっけ? 初めに入ってきた塔とは別のところなのかも知れないな。


「ところで君たち」

 ジェマ先生が立ち止まる。


「様子がおかしいことに気づいているか?」

「え? どこがですか?」

 僕とレオンは顔を見合わせた。ジェマ先生は喫煙所に向かう。


「兵士の数が多いだろう。爺さん兵すら武装しているし」

「そうですか? いつも通りに見えますけど」

 レオンはよくここに来ているらしい。周りを見ながら不審な点はないと思ったらしい。レオンがそう思うならジェマ先生の言うことのほうが正しいな。何らかの異変が起こっていると見たほうがいい。


「キョロキョロするな。バグサーチが稼働していた。通路の幾つかが通行止めだし、いつもは見ない連中もちらほら居たな。これだけの違いがあってなぜ気付かん?」

「え… そう言われると違う気もしますけど…」

「ねぇバグさー何とかってなに?」

「虫みたいなやつ」

 レオンは素っ気なく答える。


「粘土でつくった虫のことだ。マナの力でコントロールする。主に索敵用の魔導術だな」

 ジェマ先生は喫煙所のイスに腰掛けて解説してくれた。悠々とタバコを吸い始める。バグサーチとは監視カメラを搭載した小型のドローンのようなものかな。

「索敵? ということは何か泥棒が侵入したとかですかね?」

「逆だろうな。一昨日から確かに変化は起こっているからな」

「ぎゃく…? 一昨日…?」

 一昨日は僕がこの世界に出現した日だ。

 逆ということは侵入ではなく、内部から外へ? なんだろう、さっぱり解らない。


 いや… 思い出したぞ。

「そう言えば… 魔族の子どもを捕まえた日だ。ここに収監されるって話だっ」


「君が魔族を捕らえた話は聞いている。そいつが逃げたんだろう。警備の体勢から見てもまだ捕まえてないのは間違いないだろうよ」


 トラウマが脳裏に焼き付いていた。

「あいつ… ミラ・ポエムが逃げただって?」

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8.4 大概、この世の沙汰も金次第

「払えないのでしたら金貸しの業者を紹介しますのでご相談してみてはどうでしょう?」

 事務官のシュリさんは淡々と説明をする。

 昨日、僕がどれだけ飲み食いしたのかや救世主歓待にかかった人件費、それから事務室のドアを破壊した件の請求項目を述べていった。


「以上の件、サインを頂けますか? そうしたら帰って頂いて結構です」

「なるほど払えません」

 僕は白目をむきながら答えた。


 ロンドブール、引いてはリベロ市国は周辺の魔族が束ねる国々に、常に脅かされいる現状がある。国を治めるカシュマー教団は魔族に対抗するために救世主を捜していたのだ。僕が歓待されたのはそういう理由かららしい。

 教団の発行する預言書によると、救世主には条件が幾つかある。僕の場合、金髪の若者であること、それから生まれたままの姿で出現したことが、まず真っ先に当てはまっていた。


 それでジェマ先生が長老派にそのことを報告した。長老に会ってこいというのは僕が日本に帰る手立てだとか滞在の手続きの件もあるけれど、救世主かどうかを見極める場でもあったのだ。そんなこととは知らずに救世主ヅラをして飲み食いしていた僕は、いつの間にか詐欺扱いになっていたけどね。

 預言書が発行されて以来、救世主候補者は虫のように湧いて出てきたらしい。有象無象だよ。救世主を名乗る若者が有力者たちの元に集まり、選抜されていったという。大半は紛い物で処罰されることになる。今の僕と同じように詐称したということで罰金を払わされるようだ。

 その中でも選ばれた救世主たちは真の救世主かどうかは置いておいて、教団の公認をもらい、前線に立つことになる。救世主というのはどうやら一人ではないのだ。


「いやぁ、つまり… 救世主なんてこと… 僕は一言も喋ってないはずなんですけどねー」

「周りの方によると『任せろ』だとか『助け出してやる』なんて言っていたと聞いていますけど」

「あれはその酒の勢いというか… 確かに救世主になれたらな、なぁんて思ったりもしたけど、それはパンナ様に会ってみたかったからとも言えるわけで、むにゃむにゃ…」


「少年よ、払える金額だろう? 払ってしまえばいいではないか」

 背後のジェマ先生がとんでもないことを言う。


「そうは言いますけど… 僕… 金なんて… いくら持ってるかも知らないし… そもそもジェマ先生が… 救世主だって言い出したんじゃ… いやドア破壊したのも先生だし…」

 僕は言っている内に、そうだ自分は悪くないと思い始める。

 何だかんだ、ジェマ先生のせいじゃないか!


「私は君という渡来者が教団の条件に当てはまることを長老に教えてやっただけだ。救世主が見つかったなどとは言っていない。勝手に歓待したのは長老派閥の連中だろう?」

 ジェマ先生はゲッシゲッシと僕のパイプイスを蹴りながら反論した。足癖悪いよ、この人。


「それにドアの件は不可抗力だろう。少年を助けるためにやむない事情がある。監禁した長老派閥に非があるのではないか」


「なるほど、そうですね! みんな長老が悪い」

 僕はすぐに意見を変えた。


「だが、少年。さっさと金を払って面倒ごとは済ませるんだな。手切れ金だと思え」

「んな!?」

 そしてすぐに裏切られる。


「市長派閥にこの少年のことを教えてやってもいいんだぞ?」

 ジェマ先生は立ち上がって僕の背後から覆いかぶさる。机にダンッと両手をついて、目前のシュリさんを睨んだ。


「偽物だと思いますけどね」

 シュリさんは対抗してジェマ先生を見上げた。

「市長も取り合わないのでは?」


「そう思うならそれで構わんよ。市長が首を縦に振らないのなら他に紹介するまでだ。教団はこの少年を欲しがるだろうからな」

「どうぞ、ご自由に。私は判断する立場ではありませんから」

「だったら上に伝えておくんだな。少年よ、金を払ってさっさと帰るぞ?」


「僕がお金払う話になぜ落ち着くんですかっ。借金なんてしちゃ駄目って親に教えられてないんですかっ」

 この世界にやってきて自分がいくら持っているのか知らないけど…、罰金なんて払いたくないよ!


「何だ、君は自分の財産がどれほどあるか知らんのか?」

「確かにサイフにいくらあるのか確認してないですけども…」

 その件については服屋で買い物をしたときにも思った。例のスマホのようなハンドモニターで数字を見たけど、よくよく考えてみれば単位も物価もよく解ってないのだ。


「そうか… 妙だとは思っていたが」

「ジェマ先生は知ってるんです?」

「君が診療所で寝ている間に全部調べたさ」

「マジすか」


「よく聞け少年。罰金額など取るに足らん。何100回でも払えるさ。それくらいの金は持っている」

 ジェマ先生は離れてまたイスに座った。


 部屋の隅で大人しくしていたレオンは「ワタルくん、そんなにお金持ちだったんだ」と小さな声で呟いていた。

 シュリさんは怪訝な表情をしていた。僕みたいなもんがお金を持っているワケないなどと疑っているみたいだ。


 僕も疑っている。

 僕の日本での貯金は12万円くらいだよ?


「では払って頂けるのですか?」

「村長派との関わりを断っておけ。金で解決できるなら手っ取り早い」

 シュリさんとジェマ先生に挟まれて僕は困った。


「とりあえず、ドアの修理費だけは、じゃあ… 今すぐ払いますよ。罰金については納得行かないんで、もう一度 長老代理に会わせてください!」

 とりあえず僕は自分が何者なのか、いくら持っているのか、いかにも情報が少なすぎると思った。

「もう一度だけお願いします。長老代理さんと話して、それで救世主って認めてもらえないなら罰金払いますから」


 この世界は意外と高度でややこしい情報化社会らしいな。

 救世主を募集している事情も知らなかったし長老派閥と市長派閥があって、どっちが僕にとって有益なのかも情報不足だ。

 日本に帰るため、パンナに会うためにはこの世界をもっと知る必要がある。

8.3 僕は救えないかも知れないけど、そっちも大概じゃない?

「なんか急に脱ぎだすんだもん。あたし嫌なの、あーゆーの」

 レオンは唇を尖らせ腕を組み、仁王立ちになっていた。頬が赤く膨らんで、批難の目を向けてくる。


 僕の裸なんて何回も見てるくせに今さら何を言っているのだろう。レオンは僕が裸踊りを始めた後、すぐにバルを出ていったらしい。


「あれは僕のせいじゃないよ。全部あのフルーティなお酒が悪いんだ」

「そんなこと言って、まともに話もできなかったんでしょ? どうすんの?」

「だって、長老代理のあの娘って、けっこう可愛いっていうかぁ… 酒が入ったら誰でも口説きたくなるっていうかぁー…」

「最低っ 脱ぐ必要ないじゃん」

 ずいっとレオンは顔を近づけて僕を責める。出たよ、正論。正しいことを言って責め立てるのは好きじゃないね。人間は矛盾を抱えた生き物だし、だいたい間違った生き方をするものなんだからさ。理屈じゃないんだよ。『なるべくしてなった』としか言いようがないのだ。


「僕だってパンイチになりたくなかったさ。でも大人の世界にはそういう矛盾を抱え込むという珍しい性癖がね…」

「はぁ? 何 言ってるのかわかんないし」


「煩いぞ、お前ら」

 ジェマ先生が僕の座っているイスをガンッと蹴った。10センチ位、イスごと移動させられたよ。怖いなぁ…。


 僕はジェマ先生とリアに助けられ、あのバルを出ることができた。

 その後、外で待っていたレオンと合流したのだった。彼女は一夜明けてとても心配そうな顔をしていた。しおらしいところがあるじゃないか。今は違うけど。

 僕たちはもう一度 長老代理のサーラと会うためにこちらの砦へとやってきたところだ。

 この砦は長老に会うために、初めに訪れた場所だね。警備兵のおじいさんたちが慌ただしそうにしていたんだっけ。あのときは邪魔にならないようにすぐに退散したけど、この砦は地球上にある建築物のどれとも似ていない感じで実は興味があったんだ。近いのは未だ建設中であるサグラダ・ファミリアかな。でも聖堂っぽくはないし要塞と言ったほうがしっくりくる。蟻塚にも似ている。全貌はよく見えないけど、ただ下から見上げた感じだと長細い塔が何十も突き立てられた状態で、塔の数はサグラダ・ファミリアの比ではない。もしかしたらサグラダ・ファミリアが完成するとこんな感じになるのかも知れないな。


 ジェマ先生とリアの二人は長老代理に何らかの許可を貰いにきたと言っていた。バルのほうへ行ったら行き違いで長老代理は既に砦のほうへ戻っていた、というわけだ。

 ジェマ先生たちと一緒に改めてサーラに会うため砦の中に入れてもらった。入れてもらったはいいけど、もうけっこう長いこと待たされている状態だ。もうかれこれ一時間くらいかな。

 砦の中は騒がしくて、誰もかれもずっと忙しそうだった。僕らのこと忘れているのはないかと思うよ。

 というわけで僕たちは狭い待合室みたいなところに押し込められていた。木製の長机とイス、黒板があるだけの素っ気ない部屋さ。コンクリートが剥き出しになった壁や天井が無機質な感じだった。


「いや、すいませんジェマ先生。でも本当に助かりましたよ。無銭飲食と詐欺の罪で起訴されるかと思ってヒヤヒヤしましたからね」

 僕は後ろのジェマ先生に礼を言う。


 中央の卓には僕。レオンは立って僕の前をウロウロしている。落ち着かない娘だ。僕の背後、部屋の壁を背にするのはジェマ先生だ。あれ、そう言えばリアが居ないな。どこに行ったのだろうか。


 不意にドアがノックされる。

 やっと対応して頂けるようだね。


 入ってきたのはバルで僕の尋問を担当したネルさんと、奥で書記をしていた人だ。

「あのー。悪いけど、帰ってくんない?」

 開口一番、ネルさんは髪をいじりながら唐突に言い放つ。


「え…? いやあの… そこを何とかなりませんかねー? あんなに救世主待遇だったじゃないですかー。お願いしますよ、また長老代理に会わせてくださいよ」

 僕は立ち上がって抗議する。


「救世主の偽物くんに構ってられなくなっちゃってさ。こっちも忙しいの」

「話せばわかりますって。僕は救世主詐欺なんかじゃないんすよー。やれば出来る子なんですっ」

「でも代理が会わないって言ってんだよね」

 ネルさんは面倒そうに自分の爪を見ながら答えた。どうも嘘っぽい。


「とにかく、お忙しい方なので。すいませんです。お引き取りください」

 尋問で書記をしていた、もう一人の兵士が前に進み出た。


「それとヒッチコック先生、正式な書類を出していただかないといけませんから。また明日にでも手続きにいらっしゃってください」


「なんだと…」

 後ろでジェマ先生の呪いみたいな声がした。


「ねぇシュリちゃん、あと頼んでいい? 駆除隊のほう手伝ってこないとパネェからさ」

 ネルさんが言い残して先に部屋を出る。ギャルっぽいとは思っていたが、仕事ぶりが自分本位だな。どの時代にも世界にも居るんだよな、こういう人。


 僕は「待っ」の形で口を開けたまま戸惑う。


「あぁ、それからドアを破壊されてますので、修理費の請求もキッチリさせて頂きますので」

 シュリという名の女性兵士がずいっと僕の前に出る。


 レオンが気圧されて下がっていた。いつの間にか部屋の隅に追いやられてるよ。

「え… それについてはジェマ先生がやったことで…」

 僕を助けるために破壊したドアはなぜか僕に請求されるらしい。振り向いてジトッとジェマ先生に視線を送るも無視されてしまった。

8.2 世界は救えないけど僕はもっと救えない

 屈強な3人の女性兵士は職務に忠実である。

 僕は朝からずっと拘束されて拷問されている。望む結果が出されるまでは解放されないだろうなと思う。どうしてこんなことになったんだろう。

 みんな酒が悪いんだ、きっと。


「あんたさぁ、救世主詐欺なの?」

 髪のウェーブしたキレイな女の人だ。筋肉質な腕にヒョウっぽい柄の衣服。頭に巻いたバンダナのような装備品。簡易なプロテクターを身に着けていて、腰には鋭そうな剣を携えている。ミニスカートで艶めかしい太ももが僕の目の前にあった。

「いるんだよね。大金に目が眩んで我こそは救世主だとか言う人」

「いえ、決して僕はそのような…」

「今まで何人も長老に談判しにきたのね。それで前金を要求して とっとと逃げ出したり、あんたみたいに飲み食いした挙句に魔族と戦うのはやっぱ無理とか言い出すの。酷いと思わない?」


「ネル、もういいよ。こういう子はね。ちょっと痛い目みないとね」

 この方は、女性兵士の最年長、熟女のエルザさん。

 事務方の偉い人らしい。ミンクの毛皮みたいにふさふさした衣装だ。プロテクターやバンダナなどは制服のように同一デザインだが、服装や髪型はそれぞれ自由度が高い。床に下ろした大斧が彼女の武器だ。腕を組んで壁にもたれて、ずっと僕を睨みつけていた。


「総長、でもキリがないですよ? こういう子は」

 ネルと呼ばれたギャル風のお姉さんが僕の頭をポンポンと叩きながら睨みつける。


 僕は起きたばかりで何がなんだか解っていなかった。

 昨日、バルで飲み食いしたのは覚えているんだけどもね。最終的にパンツ一丁になって店の片隅でヒザを抱えて寝ていたなんて、信じられないよ。人間どうしたらそんなことになるのさ。

 普通に飲んでてそんなことになる?


「単刀直入に聞くよ? 市長一派の差し金かい?」

「?」


 エルザさんは部屋の隅に歩いていって、ゴロゴロとキャスター付きのオブジェクトを引っ張ってきた。かけられていた布を取ると三角形の物体が見えた。犬小屋というか家の屋根みたいだ。鋭角的な跳び箱だなと思った。

「簡単に口を割るなら乗せる必要もないんだけどさ」

 ネルさんが正座していた僕をひょいっと持ち上げる。僕はこっちの世界に来てから随分と小柄な少年になったんだな。女の人に軽々持ち上げられるとは。


 そのまま三角の屋根に跨るようにして乗せられた。

「え… ちょ… え?」


 僕は目が覚めてからずっと服を着ていない。というか昨日のパンツ一丁から服装が変わっていない。だるだるのブリーフ一枚であった。両腕を後ろに回して手首を拘束されている。


「これ… 三角木馬ですか?」

「何か隠しているのなら早めに吐いたほうが身のためよ?」

 足首にも何か取り付けられている。

 これがかの有名な三角木馬か。初体験だ。意外と痛くないんだな。拷問器具として痛そうなイメージはあるけど、みんな大げさなんだね。


「重しは少しずつ入れていこうか? それともいきなり全部いくかい?」

「重しって… なんです?」

「あんたさぁ? 危機感無くない? 普通は嫌がるんだけどね」

「いやぁ。意外と耐えられそうですけどね」


 ネルさんとエルザさんが両側から一つずつ重しを付けていく。カゴに石を入れていく要領で足に取り付けられた器具に負荷がかかった。


「ジェマ・ヒッチコックは何か企んでいるのかい?」

「ジェマさん? 企むってなんのことです?」

 カチッカチッと鉄球のような重さが加えられていった。

「本物の救世主なら我らの同胞を解放して頂けないものかね。あんたは何のために入国したのさ?」

 カチッカチッと重しが放り込まれていった。


「ん… 何のためって言われてもなぁ…」

「発言は記録しているからね。言動に気をつけな」

「日本から飛ばされてきたんですがね…」

 股間の食い込みが増してきた。重さで股が痛くなる。というかお尻の穴がやばい。


「どうして長老に近づこうとした?」

 カチッカチッ

「市長派との関係は?」

 カチッカチッ


「ん…」

 倒れそうになる僕を両側から支えるネルさんとエルザさん。倒れさせてくれない煉獄。

「なんで、あんたさぁ快感そうなの?」

 ネルさんに指摘されてアヘ顔を晒していたことに気づく。

「いや… あの… ん… 玉が…」

「何にも喋ってないじゃないか? もっと入れて欲しいのかい?」

 カチッカチッ

「喋ることなんて…」

 勃起しそうだ。正常な精神状態ならブリーフを突き上げて勃起していたことだろう。玉のポジションが変な感じだよ。

「ンゴ…」


「とりあえず、あんたが飲み食いした代金だけでも払って貰おうかね?」

「それは… いや…」

「こっちは期待して料理を振る舞ったんだよ?」

「持ち合わせがあるかどうか… ちょっと…」

 カチッカチッ

「ん…」


「魔族を退けたんだって?」

「あれは… 偶然ですよ…」

「虚偽はすぐにバレるからね? 発言には気をつけな?」

「もっと…」

「なんだい?」

「もっと!」

「…」

「…」


 カチッカチッ

 カチッカチッ

 カチッカチッ

 カチッカチッ


「はぁあん…! もっとぉ…」

 カチッ


 おちんちんが…

 お尻の穴が…


 股が裂ける…


 カリカリと部屋に僕の発言を筆記していく音が響いた。

 地獄の亡者に足を引っ張られているような感覚だ。痛みが増していく。このまま身体が2つに引き裂かれそうな気がしてくる。お尻の穴への負担がでかいので前傾姿勢にならざるを得ない。必然的に金玉袋が変形する。袋に対する攻撃ならまだ耐えられるが、おちんちんの根本辺りへの負担が大きくなってきたよ。辱めで脳が痺れてきた。


 永遠とも思える痛みの中で、外の変化に気づいた。ドアをガチャガチャと誰かが開けようとしている。この鍵のかかった拷問部屋に誰が入ってくるって言うんだ。

「何だ?」

「誰よ?」

 ネルさんとエルザさんも警戒していた。

 ガンッ

 ガンッ

 ドアを蹴り上げる音だ。やがて鍵のかかったはずのドアが開けられる。蝶番を吹っ飛ばすくらいの衝撃を伴って、ドアが前に倒れていた。


「なんだい?」

 エルザさんを始めとしてネルさんも筆記の兵士もドアの向こうを凝視していた。


 女性が一人、毅然と立っている。

 煙をくゆらせて白衣に手を突っ込んだ風変わりな医術師ジェマ先生だ。


「ぁうっ…あぅ…(ジェマ先生!)」

「君にはそういう趣味があるのかね。一度、開頭して脳を見てみたいものだ」

「あぅう…(助けて!)」

「あまり気は進まんな。助けて欲しいならレオンにでも頼むがいい」

「ぁうー(そんなこと言わずにー)」

「ふんっ 自分の力で何とかできるだろうに、少しくらい努力したらどうかね」

 ジェマ先生は静かに入室してくる。

 その背後から猫のフードを被った女の子が一人。あの人も一緒なのか。

「やっほー」

 猫の魔道士、リアがカンテラを片手に辺りを照らしていた。猫目で猫背のロリエロい変わった娘だよ。


「気は進まんが… 紹介した手前、やはり粗悪品と思われても腹が立つ… な…」

「ちょっとジェマさんじゃないか? なんだい? いきなり」

 エルザさんが前に出る。

「レオンのやつが泣きつくものでね。間に入ってやることにしただけさ」


「ドアを破壊しないでくださいます?」

 ネルさんが呆れたふうに言い放った。

「ノックはしただろう?」

 ずいっとジェマさんが近づいてくる。

「私の邪魔だてをするなら、他のものも壊そうか?」

「わかったわかりましたよっ」


「ジェマさん、あんた… 誰の味方なんだい?」

「何を言っている? 自分の気持ちに正直なだけだろう。そいつは貰っていくぞ」


 ジェマ先生の力は強いらしい。僕を勝手に解放させる権限を持つぐらいには町で発言力のある人なのだろう。

 そうして僕はバルを後にすることができたのだった。


8.1 僕は選ばれし救世主だが世界は救えない

「救世主どの。どうか囚われの殿方たち解放してやってくれぬか」

 少女は言った。


 第一印象は雪のようだと思った。色白の肌に白銀の髪、瞳の色までロシアンブルーで冷たい光を放っている。


 少女は長老代理のサーラと名乗った。

 長老の曾孫だそうだ。髪は長く、髪飾りはきらびやか。爪が妖艶に伸びていてマニキュアの赤が目立つ。友好的な笑みではあるが、作り上げられた笑顔であることは鈍感な僕にも解った。

 白い印象とは真逆の衣服は色鮮やかな装飾が施されている。極彩の羽根飾りに宝石を散りばめたスパンコール。厚い生地に織り込まれた複雑な紋様は歴史を感じられた。正装というか民族衣装なんだろうね。

 組まれた足、気だるそうに頬杖をついてイスにゆったり座るその姿は長として相応しい余裕を感じられた。揺るぎない氷の柱のようだ。

「これは喫緊の課題なのだ。これ以上、市長派をのさばらせるわけにもいかない」


 サーラはロンドブールの町を、引いては国を救って欲しいと言い放った。

 こんなはずではなかったのになと参ってしまっていたところだ。



 僕はレオンに案内されてバルに来ていた。

 結構な距離を歩いて疲れてしまったよ。レオンは平然としていたけど。すっかり陽も暮れていた。洞窟の中に入っていって重々しい木の扉を開けると薄暗い酒場の風景が広がっていた。

 岩山をくり抜いてつくったようだ。客たちは武具を携えているので、主な客層は砦の兵士なのだろう。女性兵士が多い。店員も女ばかりだ。

 男性客と言えば爺さんや初老のおっさんばかり。魔族に狙われる若い男性は一人も居ない。

 レオンより若そうな女の子も居ないが、若々しい女性が多いね。

 僕の両隣にホステスのようなミニスカートの女の子が座っていた。目の前には山の幸を中心にした山賊料理がテーブルいっぱいに広げられてる。

 肉の焼けたいい匂いだ。


 レオンは僕の背後のカウンター席に腰掛けて、こちらを見ながら甘そうなジュースを飲んでいた。その隣には自警団の長、レオンの父親のサイラスおじさんが座っている。カウンターの中にいる店員とひっきりなしに喋っていた。

 僕も一口、アルコールを摂取した。

 がやがやと陽気な店だ。


「よく来なされた。若き救世主様よ」

 サーラは僕の前に座ってそう話し始めた。

 長老に会わせるというから、どんなお爺さんが現れるのかと思ったら年若い美少女じゃないか。いや成人は迎えているようだけど、あどけなさを残した顔立ちだ。

 おずおずと奥から現れたサーラは決して高くない身長の割に存在感は大きい。女王といった風格だ。何も言わなくても周りの人間が機敏に動いたりするね。


「町の人間はみな、そなたのような救世主様を待ち望んでおるのだ」

「はい?」


 サーラは何人もの従者を引き連れ、酒と料理の用意をさせた。女の子まで用意してもらって、こうして僕は嵌められたのだ。


「ジェマ・ヒッチコックからよく聞いている。未知なる力を秘めたディスオーダーの可能性を感じるとな」

 彼女一人だけが冷たいオーラに覆われていた。

 日本での僕と同年齢くらいだろうか。まだ若いのに貫禄がある。


「憎き魔族から同胞を取り返さん為に立ち上がってくれたそうな」

「ちょ… それはちが…」


 客たちが方々から奇声を上げる。騒がしい店内だが聞き耳を立てていたようだ。女たちは喜んでいる。それがロンドブールの町の声なのだろう。陽気なプレッシャーだ。喝采を浴びて、両隣の女が僕に抱きついた。酒や料理を口に運ばれて宴がヒートアップしていく。

 僕は歓迎されているらしい。


 アルコールハラスメントが嫌いな僕は辟易としてしまった。日本へ帰りたいという名目だったのにいつの間にか話が膨らんでいる。町では急速に救世主が降臨したと噂が広がっているという。

 そりゃちょっとは救世主なんて言われて「あそう?」などと鼻を高くしていたけど、実際にこれだけ期待されると弱いな。無理だとしか言いようがない。

 僕が人外の魔族に立ち向かって町の男性たちを取り返すなんて、なんの冗談かと思うよ。


 日本へ帰るための方法がないか、それだけを聞きに来たのにね。どんな些細な情報でもいい。期待もまあしていなかったけど、それでも外国人である僕に住むところの手配とか法的な手続きでもしてくれるのだろうとは思っていた。

 それがなんで救世主などと崇められなければならないんだ?

 僕は一時間近く抗議していた。


「だーかーら! 魔族なんて目じゃないんですよぅ!!」

 様子がおかしい。

 

 僕は魔族と戦わないと言っていたはずだ。

 抗議していたはず。

 レオンの姿がない。どこに行ったんだ?

 ボディガード失格だな。


 救世主なんて引き受けて、泣き叫ぶ男たちを助けに行くなんて僕の趣味じゃないんだ。

 断る以外に道はない。


「なっはっは! 君の彼氏もあなたの弟さんも僕が助けてあげるっしょ!!」

 僕はジョッキを逆さまにして頭にかぶせていた。

 そしていつの間にかテーブルに乗ってパンツ一枚になって踊っている。


「どんと任せんしゃい!」


 だから酒は嫌いなんだ。僕に理性がなくなる。

 長老代理の姿もいつの間にか消えていた。

 なんだかあのサーラって娘に言わされた感があるな。散々期待しているとか、褒美を遣わすとか言われた気がする。

 実状もまだよく解っていないのになんで引き受けることができるんだ。とにかく改めて断ろう。これじゃ詐欺商法の手口じゃないか。部屋に閉じ込めてウンと言うまで返さないとか詐欺に決っている。

 僕は「君のお兄ちゃん助けるから一発やらせてっ」と叫んで店の隅っこで半ケツになって眠りに落ちていた。なんだかとても幸せな気分だった。



 その翌日、僕はバルの奥の個室に正座させられていた。

 もちろんパンツ一枚のままだ。

 暗い洞窟の岩肌がむき出しになった取調室のようなところだ。床が冷たい。オレンジのランプの明かりで照らされている。時間も解らない。

 虫が床を這っていった。

 

 屈強な3人の女性兵士が僕を取り囲んでいる。事務机と本棚があるだけの殺風景な部屋で、僕は目覚めたのだ。拷問というか事情聴取はすぐに始まった。


「今さら、できませんってどういうことなんだい?」

 30代後半くらいの熟女兵士は僕の太ももに足を載せながら聞いてきた。


 酒の席でのことは覚えていないけど僕は「救世主はできません」と言うしかなかったのだ。


「散々、飲み食いしといてねぇ…」

 20代前半くらいの若い女性兵士が僕の後ろから突き刺すような声で発言する。前日に言ったことを覆すなんて、男のくせに情けないわというような語気を含んでいた。


 事務机でカリカリと年齢不詳で根暗そうな女が速記をしている。


 くいっと後ろから乳首を抓りあげられた。ギャルっぽい女性兵士は「どういうことなのか説明してくれませんかね?」と迫った。


「偽の救世主なら罪は重いよ?」

 姉御肌の叔母様兵士がつま先で僕の股間を突いてくる。


 如何ともし難い事態になってしまったな。

 何を取り調べられるんだろうね、まったく…。

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